今に映るもの

仏教の源流を辿っていくと

ブッダの姿が今に映ってくるように感じられる瞬間に出会います。

 

そのとてつもなく広く穏やかな心の湖面に

 

サマ-ディ(三昧)が

そしてニルヴァーナ(涅槃)が

 

ただただ静かに伝わって

心にその風景までも映されてくるのです。

 

 

最近なのですが

 

あるときふっと

 

近代を生きるもう一人のブッダが

この心の湖面のほとりに見えてきたのです。

 

それは宮澤賢治の

アメニモマケズカゼニモマケズ・・・

デクノボウと呼ばれながらも

穏やかに微笑み、静かにその〈いのち〉を生きている

人の姿です。

 

その姿には

野の花や草木やそこに暮らす生きものたちと

なんの分け隔てもなく、優越もなく生きている

人の美しさがあるのです。

 

賢治の声が

どこからか聞こえくるような気がしてなりません。

 

ソウイウモノニワタシはナリタイと

ただひたすらに信じて道を歩む賢治に

菩薩を見ずにはいられないのです。